『忘却』とは、忘れ去ることである。
人は『忘れる』という能力がなければ、絶望で生きていけないそうだ。
しかし、私にはそれらの忘れ物が大変愛おしく、また、そういった忘却の
中に存在する、私がかつて此処に存在していた証拠のかけらのようなものが、
どこか遠いところへでも散らばって、ある日ひょっと誰かのしゃっくりを止めたり
犬に遠ぼえをさせたりできないか、などと思うのである。
だから、私はこの日記を書くことにする。
この日記はその日にあった笑えることや、怒れることや、
その日に思い出した面白いことや悲しいことを記すためにある。どんどん忘れていくTwitterはコチラ
[link:1232] 2010年08月01日(日) 16:48
二本松でさんざん歩いて足を棒にした翌日(『その一』は6月30日の日記をご参照ください。)
この日はいよいよ飯坂温泉へ向かう。
そして向かったことは向かったのだが、前夜、ひょんなことから(なぜそんな話になったかは全く思い出せないが)『ギャル雑誌を見た事があるか』という話になり、そのせいで、ふと立ち寄った本屋さんでギャル雑誌をひやかしてしまったのがすべてのはじまりだった。
大人の女子旅をしているはずのPちゃんと私(完全アラフォー)は、そこに繰り広げられている、気が遠くなるようなギャルメイクをぜひマネしてみよう、ということになった。
ギャルメイク..... 。
今までギャルは何人も見たことはあるが、そのメイクの構造などについてはまるで知らない。
どこにどういう線が入っていて、何をどの辺りに貼っていて、何をどういうふうに塗っているのか、テレビで『マクドナルドのポテトをグロス代わりにする』、とギャルの人が話しているのは聞いた事があるけど、唇なんかたいしたことはない。
目だ。なにしろ、目が3倍になるのだ(ギャル雑誌によると)。
流行の『垂れ目メイク』、さらに『目が3倍』、これはもうやってみるしかない。
そして載っているギャルのモデルさんたちがことごとくやっている『アヒル口』の表情もやってみたくてたまらない。
そこで、その足で駅ビルのドラッグストアへ行き、とりあえずよくわからないが『つけまつ毛』、『キラキラっぽいアイシャドウ』、眉毛マスカラ、などを買いそろえ、さらにはイキオイで、ギャル服屋さんで黒のタオル地にピンクの水玉、ピンクのハートのポケットのショートパンツのセットアップ(上下で1000円)、それにコーディネートして同じくピンクのタオル地の8cmぐらいの立体ハートに水色のリボンとラインストーンのついたヘアゴムも買った。
一気にギャルマネグランプリ略してG1グランプリへまっしぐら、である。
しかし、レジでは、店員さんから『コチラご自宅用ですか?』と聞かれ、ニッコリ笑ってうなずいたものの、なんとなく領収書をもらってしまった。
そんなこんなで結局、尾道のそれとはまた別の意味で、駅ビルで買い物をしまくり、ようやく飯坂温泉へ向かうべく、電車に乗ったのだった。
飯坂温泉へは、福島駅から福島交通の飯坂線というのに乗って行く。
単線で、ゴトゴト田舎町を進む飯坂線は、途中、山あり川あり緑あり、と、和む景色もたくさんあったであろうが、行きの車内ではもっぱらギャル雑誌を読み込み、猛勉強。車窓は無視。
頁を繰るにつれ、どうやら近頃のギャルの間では、『ウィンクしながら舌を出す』というポージングが流行っているらしいことがわかった。それから、名前につける『〜〜ちゃん』というのは©と表記するらしい。『ちあきちゃん』ならば『ちあき©(実際にはコピーライトを表す©より少し大きい)』と表記する。男子の『君』は、当然○の中にKだ(今マルケーを打ち込んでも出てこないので変換断念)。
というようなことを勉強しているうちに、飯坂温泉までのおよそ30分はやっぱりサッと経ってしまった。
そして降り立った飯坂温泉駅。
予想していたとおり、とてもひなびている。
というか、寂れている。
というか、駅前の旅館がいきなり廃墟だ。
観光地や温泉街に漂っている『なんとなく浮かれた感じ』は全くない。思った通りの展開だ。
とりあえず、駅前のおそば屋さんで腹ごしらえ。
おそば屋さんだが、中華そばにもこだわっているようで、冷やし中華を注文。正真正銘の『おそば屋さんの冷やし中華(おつゆは出汁と酢を合わせた感じ?)』で和む。
この日宿泊する旅館は登録有形文化財にも指定されている、なんと創業は赤穂浪士の討ち入りよりも前という(現在の建物は江戸末期のものと明治のものらしい)のなかむらや旅館だ。
玄関をくぐると、江戸から続く帳場、吊るされた大福帳、でかい柱時計。磨かれた廊下。そして出迎えてくださった女将の心尽くしもすばらしく、よいお宿に巡り会えた、と感激する。
しかも、お部屋は1階ごとに1組しかお客さんを受けておられないらしく、お部屋は2人なのに3部屋続きの間だ。
興奮しながら館内をあちこち見てまわり、トイレのかわいさなどにも小躍りする。そしてその感激も醒めやらぬうち、夜ごはん前に町を散歩しようと宿を出て、あちこち散策する。
しーんとした道に、歌のサビ部分が喘ぎ声からはじまる『あん、あ、あん、飯坂のひと〜』という妙な歌が流れている。
演歌とムード歌謡がまじったような曲だ。
歌い手さんは「このサビ部分の『あん、あ、あん』が決め手で採用されたのでは」、と思わせるような独特の歌い方だ。
その独特な歌い方に惑わされて歌詞の意味まで頭がまわらなかったのだが、よーーーく聴いてみても、ただ「去ってしまった人の特徴を羅列」するばかりで、やっぱり歌われている状況がまったくわからない。
てっきり女性目線で「去ってしまった男」のことを歌っているのかと思っていたのが、時折「俺のこと忘れたか〜」と言ったりするので結局なにもよくわからないまま終わってしまった。
そしてシャッターが半分閉まったお店をあちこち訪ね、奥の奥に眠ったデッドストックなどを見せてもらったり買ったりしつつ、改めて、この町の旅館のかつての3割ぐらいが廃墟になってしまっていることを確認する。中には玄関は一応営業しているようになっているが、棟続きの宿泊施設は外からみたらまるきり廃墟のようなホテルもあった。
あまりにこわいので、町を一周して(それでもずいぶん歩いた)散歩は終了。
宿に戻り、さあ温泉、とお風呂場へ行ったものの..... 。
飯坂のお湯は、死ぬほど熱かった。
事前調査で、飯坂温泉は湯温が高い、ということはうすうす知ってはいた。
けれども、これほど熱いとは!
下町の銭湯レベルではない。
まず、湯船から体を洗うところへ溢れ出ているお湯が熱すぎて、洗い場を歩けない。タイルを素足で踏めないのだ。
当然、入った途端「あち!あちあち!あちちち!」と裸踊り(正確な情報をお伝えするため、お許しください)である。
前日の二本松で歩き続けてできた靴ズレにも死ぬほどしみる。
もう、一刻も早く出なければ。
結局、湯船の温泉に入ったのは5秒だった。
この5秒も相当がんばったのだ。
入れないのだから仕方がない。
なんとなく、敗北感を漂わせながらお部屋へ帰った。
けれども、そこにはその気分を吹き飛ばすような、あたたかいおいしいごちそうが待っていて、自家菜園のお野菜や、新鮮な魚介をふんだんに使ってすごく丁寧に作られたお料理の数々は、瞬く間に私たちを再び有頂天にしてくれたのだった。
そして、お腹も満たされ、あとはもう暗く静かな温泉街の夜。
どちらからともなく、「さ、やるか....」という空気になり、Pちゃんがやおら件のギャル雑誌をテーブルに乗せた。
買ってきたブツもドンと乗せた。
そして、それからおよそ2時間。
私たちはギャルメークに取り組んだ。
何がなんだかわからなかったが、ベースメークをとりあえずキラキラに塗って、それから、ツケマ(※つけまつ毛)をつけてみた。
ツケマは目の本当の輪郭から上は1mm、下は3mm(※あくまで私たちの解釈です)ほど外側につけるのである。
そして、つけたところと本当の目の縁までの空いたスペースをアイライナーで塗る(※あくまで私たちの解釈です)のである。
そしてツケマをつけたまつ毛ごとぐいぐいとビューラーで上げ、ワサワサとマスカラをつけるのだ。
で、目頭のとこに白いやつを塗る。
........できた。
というより、無理矢理やった。
果たしてそれは、「ギャル」ではなかったように思う。
まず、圧倒的にツケマが足りなかったのだ。
もっと買えばよかったのだけど、私たちはギャルの目をナメていた。
片方の目につき3重ぐらいにしなければあの目にはなれないのだ。
そして、完全に技量不足。
私は「何かをとても無理しているようだが、正体が何者なのかまったく判別がつかない感じの人」、Pちゃんなどは、どこか「ビジュアル系バンドのドラムのコスプレをした人」のような風情である。
どちらにしても、とりあえず「ギャル」ではなかった。
ギャルの人たちはすごい。
一時期、ギャルの人たちを見て『スゴイなあ』と思っていたけど、あれはあれで簡単にマネできるものではなく、今は別の意味で『スゴイなあ』と思う。
あのメイクができるって相当な専門技術だ。
人にはそれぞれに得手不得手があって、本質的に無理なことを無理やりやるのはキツイなあ、としみじみ思ったりもした。
しかしそれから数分間、がんばりにがんばってギャル服を着て、ピンクのハートのヘアゴムをしてアヒル口をして撮影もした。
雑誌のポージングをマネて2人でセルフ写真、みたいなアングルも撮ったが、「二人羽織」にしか見えず、断念。
しかし、ひとしきり『やるだけのことはやった』というような達成感はあり、後は笑いもせずさっさとメイクを落とした私たちだった。
というわけで、今回の旅は、一応表向きは『温泉と散策』という女子旅だったが、登録有形文化財の宿の一部屋で、まさかこんなことをするとは自分でもまったくの想定外で、一番印象に残っているのは突然思いついた『ギャルメイク実践』だった。
写真は通行禁止で行けない旅館。