『忘却』とは、忘れ去ることである。
人は『忘れる』という能力がなければ、絶望で生きていけないそうだ。
しかし、私にはそれらの忘れ物が大変愛おしく、また、そういった忘却の
中に存在する、私がかつて此処に存在していた証拠のかけらのようなものが、
どこか遠いところへでも散らばって、ある日ひょっと誰かのしゃっくりを止めたり
犬に遠ぼえをさせたりできないか、などと思うのである。
だから、私はこの日記を書くことにする。
この日記はその日にあった笑えることや、怒れることや、
その日に思い出した面白いことや悲しいことを記すためにある。どんどん忘れていくTwitterはコチラ
[link:1103] 2009年04月30日(木) 20:33
もう今年に入ってからずっとずっとずうっっと行きたくて行かれなかったのだ。
のびきっちゃった髪、色が変わってしばらく経っちゃったカラー。とれてはねまくっちゃってたパーマ。
やっとのことで(髪型が)かわいくなった!でもかわいいのはたぶん今日一日だけどね〜。一晩寝るとなんだか、昨日とはちがう〜(泣)ってなって、寝方と髪型のスタイリングが下手な自分を恨むことに。
でも、かわいくしていただいて、ウルワシ堂さんありがとうございまーす。
そして帰りに久しぶりに寄り道してお買い物。とっておいてもらったワンピースを買っちゃう。閉店間際にもかかわらずショップのスタッフの方たちとおしゃべりで盛り上がり、スキップで(嘘)帰路につく。
さて、その帰りの、キュッキュウに混んだ電車の中で、真後ろに一見ヤンキーくん風の若者がいて、聞くともなしに会話が耳に入ってきてしまったのだけど、ある一言に妙に感動してしまった。
A『でさ〜、オレが作ったやつに、アイツあそこんとこだけ自分で勝手に作りやがってさ〜。』
B『あ〜、あそこんとこね〜。あれおまえ的にはいいの?』
A『オレ的に?ぜんぜんよくねーよ。よくねーけど.....いいよ。まあ。』
なんかその言い方には、自分の考えとはちがうが、その友達の存在を尊重している、というような背景がちゃんと感じられて、思わず振り返って、『エライ!!にーちゃん、イイネ!!若いのに器大きいね!』と言いたくなった。
自分の作ったものにヒトが勝手になんかやった、という重大な事柄に対して、その内容が自分の考えとはまったく違うものだったとしても、受け入れるその度量。しかも
「自分とは違うけど」というところをちゃんと認識しながら受け入れて尊重してるところが立派だ。いいトシの大人でもなかなか言えないよ、『ぜんぜんよくないけど、いいよ。』の一言は。
いやぁ勉強になりました。