『忘却』とは、忘れ去ることである。
人は『忘れる』という能力がなければ、絶望で生きていけないそうだ。
しかし、私にはそれらの忘れ物が大変愛おしく、また、そういった忘却の
中に存在する、私がかつて此処に存在していた証拠のかけらのようなものが、
どこか遠いところへでも散らばって、ある日ひょっと誰かのしゃっくりを止めたり
犬に遠ぼえをさせたりできないか、などと思うのである。
だから、私はこの日記を書くことにする。
この日記はその日にあった笑えることや、怒れることや、
その日に思い出した面白いことや悲しいことを記すためにある。どんどん忘れていくTwitterはコチラ
[link:1007] 2008年07月10日(木) 00:46
スムーズに作業は進みましたが、わたくしとしたことが、歌録りのマイクにお腹の鳴りを拾われてしまい、サンドイッチをごちそうになってしまいました。催促したようで大変に恐縮でございました。喫茶店の手作りのものすごくおいしいサンドイッチで、久しぶりにサンドイッチで感動しました。ごちそうさまでした。
さて、その休憩の間、ご一緒させていただいたプロデューサー氏がひょんなことからストップウォッチに盛り上がり、あれがいい、これがかわいい、しかし高い、いやいっそこのぐらい高価なストップウォッチというところがよいのでは?ではこれをアメリカで買うと?ドイツでは?など、しばらくにわたって熱いストップウォッチ談義が繰り広げられました。プロデューサー氏の主張はデジタルじゃなくて、手巻きの針のやつがいい、とのこと。賛成賛成。そりゃもう、断然アナログの針のやつがかわいい!かわいいのですけど、私の使っているのは500円ぐらいの完全に安物仕立てセンスゼロのデジタルの。そんなにしょっちゅう秒数を計るわけではないのですが、そんなたまの登場だからこそ、それがものすごくお気に入りのかわいいストップウォッチだったりしたら、いいなあ、なんて思ってしまう。でももしそんなのを買っちゃったりした日には、うかれて何から何まで秒数計りそうです。「前の通りを、ラッパを吹いておきながらすごいスピードで行ってしまう、とうふ屋さんのラッパから姿が見えなくなるまで」とか?「お向かいのお家の人が布団をたたいてる時間」とか?
................うーむ。
ご近所トラブルになるだけのような気がするので、かわいいストップウォッチなんて買わないのだ。