『忘却』とは、忘れ去ることである。
人は『忘れる』という能力がなければ、絶望で生きていけないそうだ。
しかし、私にはそれらの忘れ物が大変愛おしく、また、そういった忘却の
中に存在する、私がかつて此処に存在していた証拠のかけらのようなものが、
どこか遠いところへでも散らばって、ある日ひょっと誰かのしゃっくりを止めたり
犬に遠ぼえをさせたりできないか、などと思うのである。
だから、私はこの日記を書くことにする。
この日記はその日にあった笑えることや、怒れることや、
その日に思い出した面白いことや悲しいことを記すためにある。どんどん忘れていくTwitterはコチラ
[link:912] 2007年10月05日(金) 23:22
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それはそうと、このお仕事は、去年と同じ一年、というがない。いえ、現実にはどんな人のどんな一年も去年と同じ、ということは絶対ないが、仕事の種類やかかわってる団体によっては大体何月頃に何があって、何月頃に何をする、というのがおおまかにわかっていることもありましょう?でもこのお仕事はそういうのがほぼありません。恒例になっているものもいくつかはありますが、ほとんどはその年その年にやってくる仕事で、作詞や作曲しかり、ライヴもしかり、まさに一期一会です。私の作詞で別の方が作曲、またはその逆のものがそのタイミングでできあがったり、あの人とこの人に演奏されたり。たいていは半分から6割ぐらいは予測ができたとして、それ以上はあまり予測しないことにしています。『スゲー!』と感激したり『なるほど』と思ったり『ええええ!』と思ったり、そりゃまれにですが『ありえん!』と憤慨することもありますけど、その全部が面白いです。自分を通して出たもののカタチが自分じゃない人やものと出会って、またちがった色やカタチに見えてくる。
先の見えない仕事というのは見えないからこそ面白いんだな。