『忘却』とは、忘れ去ることである。
人は『忘れる』という能力がなければ、絶望で生きていけないそうだ。
しかし、私にはそれらの忘れ物が大変愛おしく、また、そういった忘却の
中に存在する、私がかつて此処に存在していた証拠のかけらのようなものが、
どこか遠いところへでも散らばって、ある日ひょっと誰かのしゃっくりを止めたり
犬に遠ぼえをさせたりできないか、などと思うのである。
だから、私はこの日記を書くことにする。
この日記はその日にあった笑えることや、怒れることや、
その日に思い出した面白いことや悲しいことを記すためにある。どんどん忘れていくTwitterはコチラ
[link:891] 2007年08月14日(火) 23:50
明日からの3日間は徹夜踊りだ。
名古屋に住んでる頃よく行ってたなあ。ザボンドボンの練習をして、その後みんなで車で郡上の徹夜踊りへ行ったりした。
郡上には大きな道路がないので、町じゅうの道を使って踊りの列が連なる。中心の櫓ではもちろん生演奏、生歌だけど、郡上踊りの面白い所は、曲が何曲もあって、もちろん踊りも歌によって決まっていて、全部ちがう。腰をおとしてカッコよく踊っているおじいさんなどをお手本にマネしながら踊る。徹夜踊りの時は演奏する人も歌う人も夜通しだから、はじまる頃には浪々としていたおじさんのよくまわるコブシの声も朝方にはカラカラだ。
「やっちく」「春駒」「げんげんばらばら(?)」など名曲が多くあるけど、昔から一番よくわからなかったのが「郡上甚句」という踊りで、他に比べてこの歌は『大人っぽい」。歌の感じもリズムがしぶくて、テンポも遅く、わかりやすいグルーヴが薄いので曲も覚えにくいし、私のようなシロウトにはとうてい踊れない。動き自体はそんなに難しいわけではないのに、なんかサマにならない。マネしてやってみてもただの妙な動きの人だ。
40代50代の紳士でも、まだこの曲を踊りこなすにはなんとなく「青い」感じがする。でも腰に印籠を下げた70歳おじいさんとかがなんとも味わい深い動きで踊っているのを見るとホレボレする。
ひょうきんな踊りをするおっちゃんとか、でっぷりド迫力のオトーサンとか、普段は街の社長さんだったりサラリーマンだったりお医者さんだったり八百屋さんだったり大工さんだったり色々なんだろうなあ。近年増えつつある、ヤンキー風の「若者踊りチーム」みたいなそろいの衣装の人たちももちろんいるんだけど、そういう人たちはいつ「スタンダード」に切り替わるんだろうか。
ああ、久しぶりに郡上へ行きたいなあ。