『忘却』とは、忘れ去ることである。
人は『忘れる』という能力がなければ、絶望で生きていけないそうだ。
しかし、私にはそれらの忘れ物が大変愛おしく、また、そういった忘却の
中に存在する、私がかつて此処に存在していた証拠のかけらのようなものが、
どこか遠いところへでも散らばって、ある日ひょっと誰かのしゃっくりを止めたり
犬に遠ぼえをさせたりできないか、などと思うのである。
だから、私はこの日記を書くことにする。
この日記はその日にあった笑えることや、怒れることや、
その日に思い出した面白いことや悲しいことを記すためにある。どんどん忘れていくTwitterはコチラ
[link:890] 2007年08月12日(日) 22:09
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今日は久住さんの切り絵展を見に行った。最終日の終了時刻ギリギリに滑り込み。
今まで私が見たことある切り絵展の中で一番広くて作品の点数も多い展覧会。大きい油彩がひとつの他は全部切り絵で総数約70点、圧巻でした。
久住さんの切り絵は、背景とか場面とか着ている服の柄まで、もちろん久住さん作のフィクションなのに、その立ち姿からはほんとにまるで本人のような味わいがにじみ出ていて、今まで自分のイメージの中でぼんやりしていたその人々のキャラクターが瞬時にして「あ、こういうヒトか!(それでもほんとはどうか知らないんだけど)」と浮かび上がってくる。そのバランスがすっごくおもしろい。第一、絵としてすっごくイイ(なんておこがましいホメ方でごめんなさい)。
今回新しく見たのはどれも背景がすごいのが多かったけど、気になったのは「キリカス」とつけ足しのある作品で、それらは背景に他の作品を切ったカスが使われてる。でもそれが実に雰囲気があって、面白い。「笑い飯」の二人を切った作品も背景がキリカスだったんだけど、なんともいえず「ナニワ」な「お笑い」の感じが全開でよかった。すごく面白い作品展でした。
ジミヘンのキレのよさとワイルドさが見事に「和風の粋とイキのよさ」に花開いた、大変ステキな手ぬぐい「じみてぬ」が欲しかったのだけど、売り切れでした。