忘れ物はないね?

『忘却』とは、忘れ去ることである。
人は『忘れる』という能力がなければ、絶望で生きていけないそうだ。
しかし、私にはそれらの忘れ物が大変愛おしく、また、そういった忘却の 中に存在する、私がかつて此処に存在していた証拠のかけらのようなものが、
どこか遠いところへでも散らばって、ある日ひょっと誰かのしゃっくりを止めたり
犬に遠ぼえをさせたりできないか、などと思うのである。
だから、私はこの日記を書くことにする。
この日記はその日にあった笑えることや、怒れることや、
その日に思い出した面白いことや悲しいことを記すためにある。どんどん忘れていくTwitterはコチラ

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2006年07月12日(水)

テリーとスティーヴの新譜を聴く。
当たり前だけど、Qともテリーのソロともスティーヴのソロともちがう、ちゃんと『テリーとスティーヴ』がミックスされたものになっている。曲がカヴァーが多いのはちょっと残念なんだけど、でもそれさえもまったく違和感なくテリーたちの持ち曲みたいになってるのはもちろん、懐の深さもやっぱりさすが。
月末のライヴ、楽しみになってきました。

今日はちょっとしんどくてごろーん、ごろーんとしながら絵を描いていた。曲もとりかかったけど、あんまりパッとせず。弾きながら思いっきり歌えない時はイマイチなのだ。
まあそういう日もあるか。

大人メダカの瓶をふとのぞくと、見慣れない小さいメダカが泳いでいた。以前日記にも書いたんだけど、大人のメダカの瓶に混ぜたらその後すっかり姿を見なくなったのでてっきり大人に食べられてしまったと思っていた子供メダカにちがいない。生きてたんだ!しかしそのときは2匹入れたはずだったが1匹しかいないので、もう1匹はやはり食べられたか。
どちらにしろ、水面下で大人に混じって一生懸命生きていたかと思うと泣ける。がんばれよー。
っていうか、その2匹はちょっと大人の瓶に混ぜてみたわけで、他の子供メダカの瓶にはうじゃうじゃいるんだけど。
それと気になっているのが、睡蓮の土から出てくる(?)ケムンパスみたいなやつ。黒い輪郭で体が透明な5mmぐらいで、顔とかケムンパスにそっくり。毎日それをすくって捨てているのだけど、ヤツの正体は一体何なのか。なんかの幼虫?

[link:679] 2006年07月13日(木) 00:44


2006年07月11日(火)

北海道のお土産にでっかい立派なメロンを2つもいただいた。そんな機会はあまりないので、さっそく半分に切って、スプーンですくって食べるという贅沢食べをやってみた。あーシアワセ。このジュースを食べ終わった後ストローでちゅーって吸うのがまたいいんだ。カブトムシになった気分。が、途中でお腹がいっぱいになってしまい、ちょっと今日は終了。穴がぼこぼこ空いた半球メロンを冷蔵庫にしまいました。

[link:678] 2006年07月12日(水) 01:45


2006年07月09日(日)

いまご案内ハガキとチラシの絵を描いてるんだけど。
なんかすごく変なふうになってしまった。どうみても死体を蹴ってるみたいだ。ちがう。こんなんじゃない。お腹痛くなってきた。。。。。

[link:677] 2006年07月11日(火) 01:24


2006年07月08日(土)

今日知った気になるニュース。
『シャープ製の携帯電話の一部で、「みられまくっちゃ」という言葉を入力すると不具合が起こることがわかった。』(文中より抜粋)
      
なんでも「みられまくっちゃ」という言葉を入力すると画面が暗くなって初期画面に戻り、フリーズした状態がしばらく続いて勝手に再起動したり、画面が止まってボタン操作ができなくなったりするそうだ。
でも『みられ』でいったん変換し、『まくっちゃ』と分けて打てば大丈夫だそうです。妙なバグです。開発者のイタズラだったりするのかしら。
私の携帯もSHARPの問題の機種に近いやつだったが、ちょっとちがってて体験はできず惜しかった(?)。でももし該当する機種でも『みられまくっちゃ』って偶然打つこともなかっただろうから、発見はできなかったと思うけど。『みられる』はあっても『みられまくっちゃ』はないなー。うん。ないなー。

[link:676] 2006年07月10日(月) 01:27


2006年07月07日(金)

うーむ、だいぶ前から気になっておったのだが、『吾輩は主婦である』の泣き女ちよこの部屋にある椅子は我が家のリビングの椅子と同じものである。この椅子は別にまったく有名なデザイナーの椅子でもなく、かといってどこにでも売ってるものでもなく、微妙な位置づけのものであるがゆえに、そんなところで目にすると妙に気になるのである。
ああ、来週で最終回、か。今まで見続けてきたものの、特にこれといって目をみはるような展開があったわけではないが、終わってしまうと思うとそれはそれで何か心にぽっかり穴のあくような気持ちがするものである。
一日の終わりにだらっと観るの、楽しかったのに。

そして今日は七夕。そういえば、先日中原さんと柴又帝釈天へ行った時、中原さんがおみくじをひいて結果に落胆している間、吾輩はぶらっとそこらへんに結んである絵馬などを読んだりしていたのだが、たいていが太いサインペンなどで『誰それが早く元気になりますように』とか『野球のレギュラーになれますように』など素直でシンプルな願い事が書かれている中、ものすごい細かい字で『彼と別れました。早く彼を振り切って新しい自分になり幸せな人生を踏み出したい。もう○○のような乱暴でろくでもないギャンブルばかりするヒモとは縁が切れますように。そういう男と二度と巡り会いませんように。』というとても具体的で切実な願いごとが書かれているのがあった。彼女のようなタイプの人はきっと子供の頃から七夕の短冊とかにも細かい字で『○○小の△△君に誕生日プレゼントをあげました。手紙に書いたのだけど、△△君も私のことを好きで、帰りにビッグワンの角のところで待っていてくれますように。』などと書いているのではないか、と東急ストアの入り口に飾られた大きな笹を見ながらぼんやり思った次第である。

[link:675] 2006年07月09日(日) 00:58

2003年6月16日までの日記


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