『忘却』とは、忘れ去ることである。
人は『忘れる』という能力がなければ、絶望で生きていけないそうだ。
しかし、私にはそれらの忘れ物が大変愛おしく、また、そういった忘却の
中に存在する、私がかつて此処に存在していた証拠のかけらのようなものが、
どこか遠いところへでも散らばって、ある日ひょっと誰かのしゃっくりを止めたり
犬に遠ぼえをさせたりできないか、などと思うのである。
だから、私はこの日記を書くことにする。
この日記はその日にあった笑えることや、怒れることや、
その日に思い出した面白いことや悲しいことを記すためにある。どんどん忘れていくTwitterはコチラ
[link:285] 2004年09月10日(金) 14:50
友達の用事がすむ頃を見計らって銀座へ迎えに行く。
来たついでに前々からもう一度行きたいと思っていた築70年の古いビルを探して訪ねてみた。かなり前に一度行ったが、名前も場所も全然覚えてなくて、キーワードだけでネットでいろいろ検索して目星をつけて行ったのだけど、正解だった。そこは旧銀座アパートメントで現在は「奥野ビル」という名前になってギャラリーや会社が細かく入っている。普通に住んでいる人もいるようだ。中に入ってみると記憶していたよりずいぶん狭かった。このビルは古いのも古いのだが、構造もちょっと変で面白い。階段の壁には妙な位置に小窓があって、来た人は絶対皆ここから顔を出して向こう側の廊下に手を振ると思う。あと、手動のエレベーターがあって、以前来た時には動いていたが、今回はやっぱりもう使われていないようだ。ボタンを押してもシーンとしている。乗り場の上に『いま何階にいます』というのを針が指し示す分度器みたいなのもある。友達とへえ、ほお、と言っていると突然ガゴガゴガゴというすごい音がして、針がぎゅーんと動き出した。で、中から普通のサラリーマンのおっさんが扉を手でこじ開けて出て来た。外に私たちが居たので見栄をはったのか、片手で軽く扉を開け(た風を装っ)て出て来たのだが、明らかに身体半分はさまりながら(重い二重扉で抑えていないとすごい力で閉まろうとする。)出て来て、しかし何ごともなかったようにサーッと行ってしまった。その後すかさず私たちもエレベーターに乗ってみる。このエレベーターはどうやら1階と6〜7階を往復しているだけで、途中の階では乗れないし、ボタンを押して呼ぶこともできないようだ。だから分度器の針が1階にあれば1階に、7階にあれば7階にエレベーターがいるということだから、エレベーターのいる階で直接扉をあけてとりあえず乗る。乗ってからボタンを押すというしくみだ。実際の乗り心地はとっても怖かった。外側に見える壁があまりにも直接的で、すぐそこ通っているワイヤーの古さと細さが空気を張りつめさせる。そこらへんのジェットコースターとかよりよっぽど怖い。いつか切れる、コレ。いつか。
帰宅してさんまと栗おこわで晩ごはん。しかし途中で急に胃が痛くなり食べ進むことができなくなった。一体何が起きた?とりあえず横になり、約2時間後回復。マンハッタンラブストーリーの再放送を観て(また観てる!)就寝。