『忘却』とは、忘れ去ることである。
人は『忘れる』という能力がなければ、絶望で生きていけないそうだ。
しかし、私にはそれらの忘れ物が大変愛おしく、また、そういった忘却の
中に存在する、私がかつて此処に存在していた証拠のかけらのようなものが、
どこか遠いところへでも散らばって、ある日ひょっと誰かのしゃっくりを止めたり
犬に遠ぼえをさせたりできないか、などと思うのである。
だから、私はこの日記を書くことにする。
この日記はその日にあった笑えることや、怒れることや、
その日に思い出した面白いことや悲しいことを記すためにある。どんどん忘れていくTwitterはコチラ
[link:267] 2004年08月08日(日) 19:37
[link:264] 2004年08月02日(月) 16:18
[link:265] 2004年07月30日(金) 18:10
[link:264] 2004年07月30日(金) 17:48
[link:263] 2004年07月28日(水) 14:34
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この日ステージ上にはデジタルピアノがセッティングされていた。
前回の来日の際にも名古屋は観たのだが、そのライブは後々語り草になるほど素晴らしいライブだった。そもそも名古屋のお客さんはあまり騒がない。でも楽しんでいないのかというと全く逆で、心からぐぐぐっと入り込んで聴いているみたいだ。もちろんシーンとしているわけではなくて、みんな身体でリズムを感じているけど、それ以上にものすごく『じっくり聴き込んで』いるようで、Qもそれに応えるかのように、ロックンロールだけじゃなくブルースだけでもなく、ジャズからクラシックからキッズソングまで、ありとあらゆる音楽をすべて飲み込んでそれをNRBQというグルーヴでやり抜いてしまうという懐の深さを見せてくれた。どのライブもよかったけど、特にこの日は音楽的に改めてうなってしまった。
終演後、ビールが飲みたいというテリーをどこかへ案内することになったが(一応名古屋出身なのでお店とか知ってると思われた)名古屋はお店が閉まるのが早く、結局近くのガストへ(2年前の時はデニーズだった)。日本までツアーに来ておいてごめん、テリー、ガストで。と思ったが、テリーは『アハハ、ガスト、いい名前〜!』といった感じだったのでよかった。その後テリーはホテルへ戻り、私は再び得三で得三オーナーの森田さんとひとしきりおしゃべりした。森田さんはかなり酔っ払っておりごきげんで、NRBQは素晴らしさ、ひいては音楽の素晴らしさ、を熱く語っておられました。
私が言っても自分の至らなさの言い訳をしているみたいだから何も説得力はないのが、『そうなんだよ、うまいとか下手とか売れるとか売れないとか、そういうのももちろん音楽で生活するためには関係あるんだけど、でもそういうのはやっぱり2番以降のものだ。1番は絶対にまずスピリットなんだよ』という気分に改めてなった。もちろんQはトンデもなくうまくて音楽性もなにもかも他にくらべるものがないすごいバンドだけど、だからこそそんな彼らからそういう何かを受け取れることがどんなに素晴らしいことか。