9月16日(日)
昨日に続き今日もお祭り。昨日の悔しさを教訓に、今日はいつ何時でもお祭りの
音が聴こえたら飛び出して行けるよう万全の用意を整えて、気を散らせながら雑
用をしていた。
が、いつまでたっても神輿は来ない。不安になって近所の学校の校庭へ行ってみる
と、なんとこども神輿はまさに今終わったところ、という雰囲気だった。
昨日とはコースが逆側のために、うちの方へは来なかったらしい。
そこで、受付の手伝いをしていたおばちゃんに『大人のお神輿はもう終わりました
か?』と聞いてみると、いまちょうど通りを隔てた向こうのブロックにいて、そこ
からここまで来たら終わりだというので、あわてて通りを渡り、普段あまりなじみの
ない区画まで行ってみた。
すると、いるいる。さすが下町。やはりヤンキー率は高いが、それにもまして、年季
の入ったおっさんたちが大勢いる。
みなそれぞれ自分の神輿会の祭衣装で、かっこいい。
なかには背中に『辰』とか『信』とかはいった法被の人もいて、鳶の『辰』さん?
とか、彫師の『彫信』さん?とかなのでしょうか?なぜか圧倒的に坊主頭の人が多い
のもまたいい。まさに『め組』状態。
その中にまじって、笠智衆のようなおじいさんがピシっとモーニングのような姿で
神輿を見守っているのが見えた。
そばに寄ってみると胸にリボンの花と『町会総代』という名札がついていた。
ほほーっ、このじいさんが総代ですか。なかなかいいですよ、こういう感じ。
で、神輿が向こうの辻で休憩している間、進行方面のひとつ先の辻でぼけーっと待っ
ていると、自転車に乗ったおじいさんがやってきて、『ここ来んのかい?』と話し
掛けてきた。
『オレなんかは若い頃浅草で年じゅう神輿担いでたんだけどサ、この辺の祭りってぇ
のがどんなもんかちょっと見てみようと思って』とおっしゃる。
なんでもおじいさんが言うには、『最近の神輿は歩くのが早い』らしい。
『俺たちの若い頃は"麦踏み"なんて言ってサ、畳一畳行くのに30分はかけて行った
もんサ。』だって。自転車にまたがりながら。
で、『浅草あたりなんか三社祭なんて、そうだなあ、五十...いや、しゃく万人ぐらい
人も来るかなあ......。』なんてうれしそうに言ってました。
なんか楽しそうだったのでもう少し立ち話していたかったが、おじいさんは『歩く
の早い』とか言っておきながら、自分はあと5分が待てなかったようで、『おせえなあ、
来ねえなあ、こっちから行ったが早ぇや。』と言ってさっさと自転車に乗って行って
しまいました。
やっと神輿が動き出すと、今度はでかい犬をつれたおばさんが通りかかりました。
おばさんは向こうに歩いていきたいのに、犬がどうしても祭りの人のざわざわの方へ行
きたがって、何度も綱をひっぱり、しまいには馬のいななきみたいに後足立ちになりな
がら、いやいやおばさんにひっぱられて行ったですが、しばらくしてさきほどの犬がお
ばさんに抱きかかえられて戻ってきたので笑ってしまった。
おばさんは眉を『へ』の字にして、『ゴンちゃん、そんなに行きたいの?誰がいるのよ?
あ、ダメダメ!』と犬を押さえながらに聞いていました。
私は犬と一緒に神輿を見送り、最後の総代の挨拶と三本締まで見届けて帰宅。面白かった。
でもかなり担ぎたくなってしまった。盆踊りと一緒で、やっぱりお神輿は担がないとねえ?
犬がどうしても神輿のほうへ行きたい。
9月15日(土)
曲を作っていたが、久しぶりに晴れたし外もお祭りでにぎやかなので、夕方スケッチブックを持っ
て散歩に出かけた。想像で絵を描くとどうもわからない箇所が多いので、特に花や木や鳥などは
見て描くのが一番。花などふだんよく見ない細かい構造がわかったりして、楽しい。本当はお祭り
のお神輿も描きたかったが、私が外に出た時には行列は跡形もなく、空振りに終わった。なので、
少しふらふらと自転車を走らせて、公園のわきの畑みたいになっているところに咲いている花を
描いた。
が、ハッと気づくと、むしょうに足が手がかゆい。かゆくてたまらん。デニムを履いているから
いいやと思ったが、全然よくなかった。蚊は10cmでも肌が出てれば一気にそこを狙ってやって
くる。それもダイレクトに血管の上を。5〜6箇所は刺してくる(っていうか刺されてた。刺し現
場は押さえてない)。これではいつかの『神社の境内で史上最悪の蚊にさされ事件(過去の日記
参照)』の二の舞ではないか!!!!!あまりのことに芸術の秋、早々に挫折。猛スピードで家
へ向かうも、ペダルをこぐ足(ちょうどアキレス腱のあたりから足の甲にかけて)がかゆくて
かゆくて、片手運転でペダルをこぐ足を交互にかしむしりながら、帰った。すごい危ない運転だ
ったかも。
それにしても、蚊にさされるとなぜこうも腹が立つのでしょう?蚊も生きるために私の血を吸って
るんだから、もう少し寛大に見守ってあげられないものか?とも思うんですが、だめ。見守って
あげられない。ならば寄ってくる蚊はビタンビタンと殺しても、せめて、もう吸い終わってしまっ
た蚊は見逃してあげるくらいの度量は持ちたい。吸い終わって重くなってとんでる蚊を殺しても
私の血はもどらない。かゆいのも直らない。それはわかっている。でも、でも、ダメなのです。
どうしても怒りにまかせてビタンビタンとやってしまうのです。私もまだまだ修行が足りません。
9月14日(金)
古本屋では自分の興味の赴くままジャンルの違う(いやまったく、違うにもほどがある)本を一度
に何冊も買うことがあるが、不思議と新刊を買う時とはまったく違う意識なので、どういうわけか
妙にエロな古くて怪しい本だとか、『どういうシュミしてんねん?』と思われそうな題名の本だとか
も全く躊躇しないで買ったりする。かと言って、本物のエロ小説とかピンク本コーナーなどには今の
ところ興味がないので、一度も立ち入ったことはない。まあそれはよいとして、今回、すっごく買お
うかどうしようか迷った本があった。それは『教育まんが かんのんさま』。正体はよくわかんない
んだけれども、どこかのお寺か仏教の宗派の人々が子供にわかりやすくまんがでかんのんさまのこと
を説明しようと意図して作られたものらしい。パラパラとやると、絵もかなりキテる。私は別に仏像
にも仏教にもさして興味があるわけではないが、みうらじゅん氏の仏像への興味の持ち方(笑)はと
ても理解できるし、彼の『見仏記』という本があまりにもおかしかったので、何かおかしい発見があ
るかもと思って結局その『教育まんが かんのんさま』を買ってみた。300円(安)だし。まあ古本
屋では買おうかどうしようか迷った場合はほとんど買うんだけど。しかし....。この本を読んでもかん
のんさまがどういうものなのかまるでわからなかった。本には短編がいくつか収録されていて、その
中には世間でもよく知られている『わらしべ長者』とか『浦島太郎』のパクリみたいな話もあったん
ですが、どれもこれも『不幸な人が「かんのんさまお助け下さい」、と祈っていたら幸せになった』
という筋書きで、肝心なところはぜんぜん書いてない。結局かんのんさまって何?という疑問だけが
残った。『とにかくかんのんさまに救いを求めればいいんだよ。』と教えているにしても、これじゃ
説得力もない感じ。しまったなー。だから古本に出されちゃったんだ。救いは絵がおかしかったのと
いつも出てくる主人公がかなりバカっぽかったこと。
それとは別に、すごーく久しぶりにレコードを整理しはじめたら、今はなきローザ・ルクセンブルグ
の『ローザ・ルクセンブルグ2』が出て来てなんか感慨深いものが。それから『おはなしレコード フ
ランダースの犬』『幼児まんがヒットパレード』なんかも出て来た(ギャップがすごい)。
私ははじめて買ってもらったレコードがこの『幼児まんが〜』で、中にはハイジ、けろっこデメタン、
てんとう虫の歌、ムーミン、みなしごハッチ、ロッキーチャック、アンデルセン物語などずらっと名
作の主題歌や挿入歌がめじろ押しなのだ。中でも私が大好きだった歌はロッキーチャック、ムーミン、
アンデルセン物語などで、よくよく見てみると、私の好きだった歌はほとんどかの宇野誠一郎氏の
作曲であることが判明した。とくにムーミンの『ムーミン谷のうた(有名な『ねえ!ムーミン』じゃ
ないほうのうた)』は宇野ワールドが色濃く出てる(と今思う)作品で、一休さんの終わりの歌
にも通じる不思議な感じの曲。じっくり聴き直してみるとその独特な感じがたまらない。宇野さんは
バカラックとか相当好きだったんじゃないかなー。私はこの中で一番好きなのは『ロッキーチャック』
だった。『みどりが森の陽だまりは♪』という歌です。あーたまりません。
ロッキーとポリー。まず見ないで描いたもの。まったくちがっていた。
9月13日(木)
以前読んだ本の中に、『本当のプラス思考は究極のマイナス思考から生まれるのではないか?』と
いうような事が書かれてありました。『人間は生まれてくるのは自分の意思ではなく、また生まれ
た瞬間から死に向かって歩き出すわけで、老いも病も自分の意志では避けることはできず、それを
背負って生きていくということは、どんなに文明が発達しようと、時代が変わろうと変わらない、
人間共通の運命である。』と昔何とかという人が言ったらしいのですが、その考え方は、突き詰め
てみれば究極のマイナス思考だ、というわけです。問題はそこからで、そういう『死ぬとわかりな
がらも生きていく、人間という存在』であることををちゃんと見据えて、いかに『自分』を元気に
過ごすことが大事なのであって、そこから本当の意味でのプラス思考が生まれる、と。なるほど...。
私も物事を悪いほうへ悪いほうへ考えてしまうことがあるけど、確かに常に最悪の事態を考えるの
は、何もマイナス思考じゃない。ただ自分が置かれた悪い状況の現実を見て更に悪く発展するかも
しれないと予測してるだけだといわれれば、それもそうだ。ポイントは悪い状況、さてそこで私は
どうすればいいのか?と考えることでしょう?もちろん悲しみ苦しみの極限ではそんなことなかなか
考えられるものじゃないのも人間の現実ですが。
でもとにかく、今回のN.Y.みたいな惨劇で自分の意志もなにもふっとんでしまうような大変な目に
あったたくさんの人やその家族のことを考えると、日頃、簡単に鬱々とブルーになったりしてる私
だけども、私は私に与えられた道をぽくぽくと、できる限り元気に歩かなきゃな、と思うのです。
歌うしかないなー、とりあえず。(大げさそうですが、ぜんぜんそういうことじゃない。)
呼ばなくてもちゃんと秋は来るし、花だって終われば実になるんだものね、普通に。
9月12日(水)
昨夜、突然N.Y.のテロ事件をテレビが映し出した。
それ以来、本当に何度も何度もものすごい映像が流れて、しばらく画面に釘付けになった。
今日は熊谷へ非常勤講師の仕事で出かけるために、5時から起きていたが、テレビでひっきりなしに
流れる痛ましい現場を見ていたら、突然NRBQのメンバーたちのことが心配になり、居ても立っても
いられなくなってテリー・アダムスに電話をしてしまった。彼等はN.Y.を中心に活動をしていて、
ちょうど今日あたりはN.Y.から少し離れたフィラデルフィアでライヴのはずなのだ。まさか、怪我を
したり行方不明になっていたりすることはないだろうが、どこかで混乱に巻き込まれているかもしれ
ない。ちょうどテリーにはつい4〜5日前に近況報告の手紙を出したばかりだったのだけど、きっと
まだそれも受け取られていないままだと思う。電話をすると、テリーの家はやはり留守電だった。
なので、ひっちゃかめっちゃの英語でテレビで様子を知って心配している、という旨をなんとか録音
し、電話を切った。ロスのディズニーランドやユニヴァーサルが休園なのに、N.Y.すぐ近くのフィラ
デルフィアでライヴなんかきっとやるわけはないと思うけど、早く人々がまた心からライヴなどを楽
しめるような気分になれる時来るといいなと思う。
が、とうぶんの間は世界じゅうが動揺しているし、亡くなった人々のこと、またここまでのテロ行為
におよばずにはおられなかった、私などにはとうてい理解しようにもできないような民族間の深い深
い感情のもつれのことなどを考えると、まったく胸のつまる思いがして、気持ちは複雑です。
世の中はどうなっていってしまうのでしょう。人間がいる限り、どこまでもわかりあえない何か、と
いうものは必ずどこかに生じ続けるのでしょうが、私がたまたま今ここに存在しているからには、そう
いう様をよく見ておかなければいけないんだな、と思います。
9月10日(月)
昨日見たチンパンジーの研究観察記録のドキュメンタリーには本当に感心した。
チンパンジーは猿の中でも一番ヒトに近い、つまり進化の過程をヒトが誕生する直前まで一緒に
歩んできた動物らしいのですが、もうあそこまで行ったらほとんどヒトが赤ちゃんから大人になる
途中経過で止まってるだけじゃん、と思いました。あとは言葉を理解してしゃべれたらヒトの子供
と同じぐらいな感じです。
私は学生の頃、近くの動物園でオランウータンの赤ちゃんが生まれたのを知り、オランウータンの
飼育係の人に話を聞きに行ったことがあるんですが、その時にオランウータンの赤ちゃんを抱っこ
してミルクを飲ませてあげました。オランウータンの赤ちゃんは毛がぼひゃぼひゃ〜となっていて、
手がびろーんと長くて目が眠そうだけどぱっちりしてて、とてもかわいらしかった。
ちょうど冬で、私が茶色の木の実みたいな大きいボタンのついたコートを着ていて、抱っこしたら、
ウーちゃん(?)はそのボタンがどうしても食べたかったようで、私に抱き着いたままコートのボタ
ンに吸い付いて離れなくなり、どんなにぎゅーっと離しても口だけはチューウウッとのびてボタンを
離さず困りました。ああ、あのウーちゃん(?)はもうとっくに大人になっていることでしょうが、
今頃何をしているのかなあ。その動物園は東山動物園という名古屋にある大きい動物園で、もう今は
亡くなりましたが、当時、よぼよぼのお年寄りゴマフアザラシがずうーっといて、彼はもうほかのア
ザラシやオットセイのように仲間と一緒に泳げないので、一頭だけ柵で隔離された場所でいつもぼー
ーーーっとひなたぼっこをしていました。私は彼の生存を確認しに しょっちゅう
ひとりで動物園に通っていました。ほかにも東山動物園には日本一の子宝肝っ玉母さんであるカバの
福子がいました。現在日本中の動物園で飼育されているカバのほとんどがこの福子の子孫であること
がニュースにもなったほどです。そういえばライオンにはおしっこかけられたなあ。
そして、動物園の隣には同じ敷地続きで植物園と遊園地もあり、遊園地にはジェットコースターなど
のスリリング乗り物のほかに『魔法の館』というとっっっっってもイカした『館』があり、口では説明
できないインチキ楽しさが炸裂していて、大好きでした。ああ、急に行きたくなってきた。また。
で植物園のほうには、池があって、スワンのボートがいるんですが、『そこに恋人同士で行ってボート
に乗ると別れる』というのが有名なジンクスとしてあるので、もしこれを読んで東山動物園に行こう
と思う人は注意してください。
ボタンの前はリンゴに夢中だったのに.....。握手中のウーちゃん(?)と私。